カナダBC州ならびにバンクーバー在住の皆さん、2021年5月以降に交通事故で怪我を負ってしまった場合、被害者が加害者を訴えることが実質的にできなくなったことをご存知でしょうか?
今回は、メトロバンクーバーにある弁護士事務所 Panorama Legal LLP に所属する日本人弁護士・楠原ライアンさんに、「ノーフォルト制度」について伺ってきたので、その内容をご紹介します。(ライアンさんへ以前インタビューした際のQ&A記事はこちら⇒)
カナダBC州で暮らす上で必ず知っておきたい内容なので、ぜひ確認してみてください。
目次
- Q1. はじめに「ノーフォルト(No Fault)制度」とは何ですか?
- Q2. ノーフォルト制度の問題点とは何なのでしょうか?
- Q3. 「No fault benefit」について内容を教えてください
- Q4. 被害者がかなり損をする制度のように聞こえるのですが、なぜノーフォルト制度ができたのでしょうか?
- Q5. もし事故に遭って身体に障害が残った場合のベネフィットについて具体例を教えてください
- Q6. カナダBC州に暮らす人へ、ノーフォルト制度に関して何かアドバイスがあれば教えてください
- Q7. 交通事故以外に、どんな案件をライアンさんに相談できますか?
- Q8. 逆にライアンさんの専門外の分野はありますか?
- Q9. 過去にライアンさんが受け持った事例をいくつか教えてください。
- 【LifeVancouver読者限定】初回相談30分が期間限定で無料に
- まとめ:ノーフォルト制度を知らない人が周りにいたら、ぜひ教えてあげてください
- 楠原ライアンさんへのお問い合わせフォーム
Q1. はじめに「ノーフォルト(No Fault)制度」とは何ですか?
2021年5月、カナダBC州で保険車両法(Insurance Vehicle Act)が修正され、新しく「ノーフォルト制度」が始まりました。BC州の保険会社 ICBC は、この制度を「強化されたケア(Enhanced Care)モデル」と表現しています。
ノーフォルト制度では事故で誰かが負傷した場合、誰に過失があったかに関係なく、法律に定められた条件を満たした場合に治療にアクセスできます。(理学療法、カイロプラクティックケア、マッサージ療法、カウンセリングなど)
主な対象は車両との衝突で負傷したドライバーと同乗者、サイクリスト、歩行者となり、被った負傷の種類に基づいて ICBC が事前に決定した金額で給付金、医療費の支払いなどのサポートが受けられます。
ただ、この制度には大きな問題があるといわれています。
Q2. ノーフォルト制度の問題点とは何なのでしょうか?
カナダBC州でノーフォルト制度が始まり、自動車事故後の保険金請求プロセスに多くの変更が加えられました。
結論からいうと、ノーフォルト制度は損害賠償を求める被害者が加害者を訴えることができない制度です。
先ほどお伝えした通り、加害者の代わりにICBCから一定額のベネフィットを受けることができますが、被害者が負傷に対する相当な補償を求める選択肢がほぼ or 全く無いのが問題となっています。
法律上の例外もあって、加害者が「一部分の違法的な運転」(※飲酒運転など)をして、かつそれらに有罪になった場合は訴えることが可能ですが、その「違法」の内容も一部分のみが例外の対象となり、さらに加害者から直接損害賠償を要求すること(損害賠償は保険適用外となるので)は残念ながらほぼ無理な状況になっています。(※自動車事故の多くは犯罪行為によるものではないため)
Q3. 「No fault benefit」について内容を教えてください
No fault benefit の内容は、大きく分けると3つあります。
① Permanent impairment benefit(永久的な機能障害に対するベネフィット)
問題点はあくまでも「永久的である必要がある」ということです。要するに 「交通事故から1~2ヶ月後に治りました」という話だと、ベネフィットはもらえません。
基本的にICBCとのベネフィットに関する揉め事は、2年以内に Civil Resolution Tribunal というオンラインの採決機関に訴状提出をしなければなりません。
ただ、Permanent impairment benefit が対象になる症状は、あくまで永久的に治らないような障害なので時間によって良くなるか、見守る必要があります。ですので、「いつ訴状提出したらいいのか分からない。」「いつICBCとベネフィットに関して交渉したらいいのか?」というような難しい状況が生じます。
私が基本的に推奨するのは6カ月以上怪我した患部が直らなかった場合、「Permanent impairment benefit がもらえるかどうか知りたいです」と弁護士に相談することです。
あるいは ICBC から permanent impairment benefit のオファーがあった際には、提示金額が相当か弁護士に相談することをお勧めします。
Permanent impairment benefit を受ける条件は複雑かつ難しいものになります。かつ実際にもらえる金額も以前のシステムと比べると、10~20分の一になっている場合が多いです。(※ケースにより額は異なります)
② Income replacement benefit
差引支給額の90%を賃金損失の代替として受け取ることができるのが、 Income replacement benefit です。
例えば交通事故の怪我で働くことができなくなったり、学校に行くことができなくなったなど、事例によっては給付金を受け取ることが可能です。
事故の怪我が原因で仕事に行くことができないといった場合は、弁護士にIncome Replacement Benefitに関して相談してみるのもいいかと思います。
③ Medical benefit
ICBCには整体、鍼、マッサージなど怪我に対してのメディカルベネフィットを支払う義務があります。これら一部分のベネフィットは、事故が起きてから12週間の期間であれば、処方箋をICBCに提出する必要がありません。
12週間後はメディカルベネフィットすべてに対してICBCが証拠の提出(医師のカルテなど)を要求することが可能になり、基本的にICBCの態度も厳しくなります。
これらのメディカルベネフィットに対して、注意点が一つあります。それは、あくまでこれらのベネフィットは交通事故に遭った患者を治療するのが目的であって、その症状を管理する目的ではないことを覚えておいてください。
例えば、ICBCから「〇〇さん、体調はどうですか?最近マッサージを利用していますが、症状は良くなってますか?」と連絡がきたとします。そのとき、「マッサージの施術後30分は良くなりますが、その後は痛みが戻ってきて、あんまり意味が無いかもしれません。」と答えてしまうと、ICBCは法律上「分かりました。〇〇さんの症状はマッサージによって治療されていない(あくまで症状の管理目的)なので、治療費の支払いを止めますね。」と治療費を支払うことを止めてしまう場合があります。
ICBCに対して素直に答えるのは重要ですが、もし0.01%でも治療で自分の症状が良くなっていると感じているのであれば、ICBCにそう伝えるべきです。理由は前述しましたが、マッサージに行く度に0.01%でも交通事故によっての症状が改善されているのであれば、ICBCにはその必要な治療費を支払う義務があるからです。
メディカルベネフィットについて、以下のような状況の場合は弁護士に相談することをおすすめします。
①メディカルベネフィットが拒否された場合
弁護士に相談するべきです。基本的に弁護士に頼まないと、再度ベネフィットをもらうのは難しいかと思います。
②ICBCがバイアウトしようとした場合
何か月もメディカルベネフィットを受け取っていると、ICBCから基本的に電話かE-mailで「そろそろ治療を止めたらどうですか?もし止めるのであれば、○○ドルをお渡しします。」などの連絡が来ます。(※要するにバイアウト)そのバイアウトについての交渉であったり、バイアウトが賢い選択なのかどうかは弁護士に相談することをお勧めします。
ちなみに新しい法律で、タイレノール(Tylenol)などの鎮痛剤を買ったときに「180日間以内にレシートをICBCに提出しないと支払いを拒否される」というものが追加されています。(2019年4月1日から2021年4月30日までの事故の場合は事故から60日以内にレシートを提出。)
ノーフォルト制度ができる前までは、購入からICBCへの支払要求に期限はありませんでしたが、今は期限が設けられているので、こちらも注意してください。
Q4. 被害者がかなり損をする制度のように聞こえるのですが、なぜノーフォルト制度ができたのでしょうか?
カナダBC州では自動車保険料が高額だった背景があり、訴訟費用の削減とBC州全体のドライバーの保険料を引き下げるためにノーフォルト制度が導入されました。
その分事故で怪我を負った人たちへの保証をベネフィットを通して多くすることが政府の約束でしたが、現状は以前のシステムと比べると恩恵はほとんどの場合逆に少なくなっています。現に最近新たにMedical Benefitの内容を減らそうという動きがあり、話題になっています。
Q5. もし事故に遭って身体に障害が残った場合のベネフィットについて具体例を教えてください
前述した通り、根本的にノーフォルト制度は被害者が損するモデルになっているため、加害者がむしろ得をします。
以前は事故の加害者が大きな怪我をしても Permanent impairment benefit はもらえませんでしたが、ノーフォルト制度導入後は加害者でも大きな怪我をした際はPermanent impairment benefitがもらえるようになりました。
参考までに、ICBCのノーフォルト制度の下、もし事故に遭って身体に障害が残った場合のベネフィットについて具体例を紹介します。(※2023年4月時点の情報です。もし怪我をした場合、大体このくらいになるだろうという参考程度にしてみてください)
■ 肩と腕の場合 - 肩関節複合体の可動域の損失について
(Shoulder and arm — range of motion loss of shoulder joint complex)
※パーセンテージ:定められた怪我に対して割り当てられているパーセンテージ
肩甲骨面の動きである屈伸伸展について | パーセンテージ | 支払額 |
---|---|---|
関節可動域が61°未満の場合 | 9% | $15,072 |
関節可動域が61°~120°の場合 | 5% | $8,373 |
関節可動域が121°~180°の場合 | 2% | $3,350 |
関節可動域が180°以上の場合 | 0% | $0.00 |
参照:Permanent Impairment Regulation (gov.bc.ca)
上記は一例ですが、事故から1~2年後に怪我がよくなったりすることもありますよね。その場合どのくらいのpermanent impairment benefit がもらえるかというと、「$0.00」なんですよ。(※上の表でいうと、関節可動域が180°以上の場合です)
要するに、ノーフォルト制度が始まってから交通事故に遭った人が1~2年間事故の怪我に苦しんでも、それに対する慰謝料というのが完全に無くなったことになります。怪我の内容に対してICBCの補償額が釣り合っていない印象を受けませんか?
肩、肋骨、腕の骨折または肋骨除去の場合についても、以下で確認してみてください。
■ 肩、肋骨、腕の骨折または肋骨除去の場合
(Shoulder, sternum, clavicle, rib and arm fracture and rib removal)
肩、肋骨、腕の骨折または肋骨除去の場合 | パーセンテージ | 支払額 |
---|---|---|
胸骨骨折、鎖骨骨折、肩甲骨骨折または上腕骨に伴う不特定異常治癒の場合 | 1% | $1,675 |
肋骨骨折の場合 | 肋骨に1本につき0.5%から最大2%まで | $837~$3,350 |
肋骨の除去の場合 | 肋骨に1本につき2% | (肋骨一本につき)$3,350 |
(上腕骨骨折)角度が15°を超える場合 | 5% | $2,507~$8,373 |
(上腕骨骨折)角度が5°~15°の場合 | 2.5% | 同上 |
(上腕骨骨折)4cm以上短くなった場合 | 5% | 同上 |
(上腕骨骨折)2cm以上4cm以下まで短くなった場合 | 3% | 同上 |
(上腕骨骨折)1cm~2cm短くなった場合 | 1.5% | 同上 |
ドレナージを伴う上肢骨慢性髄膜炎の場合 | 3% | $5,024 |
参照:Permanent Impairment Regulation (gov.bc.ca)
Q6. カナダBC州に暮らす人へ、ノーフォルト制度に関して何かアドバイスがあれば教えてください
以前までは交通事故に関する第三者保険(Third party coverage) は高額な物に加入することをお勧めしていましたが、ノーフォルト制度ができてから、高額な第三者保険に加入する意味がほとんど無くなったことが挙げられます。
ノーフォルト制度導入前の話で、例えば私が誰かに大きな怪我を負わせて、裁判で$2 millionの損害賠償を言い渡されたとします。それに対して第三者保険が $1.5 million のみの物に加入していた場合、残りの $0.5 million は個人で支払う必要がありました。現在、ノーフォルト制度導入後は対人損害賠償の概念が実質無くなったので、そのようなリスクを考える必要がなくなりました。
交通事故に遭った際に民事裁判で対人以外の損害賠償を要求される可能性は残っていますが、それらの事例は稀で最低限の第三者保険に加入していれば個人的に事故に至っての損害賠償を支払う可能性は基本的にないと思います。
なので、高額な第三者保険に関しては、心配性の方は加入を検討してもいいと思いますが、現在のシステムではあまり意味は無いと思います。
Q7. 交通事故以外に、どんな案件をライアンさんに相談できますか?
(楠原ライアンさんとアシスタントの Misato さん)
簡単に言うと、私は民事裁判を担当しています。ノーフォルト制度導入前は交通事故案件を担当することがかなり多かったのですが、今は交通事故関係以外の案件も多く請け負っています。
- 一般企民事裁判
事故や事故による慰謝料請求、保険に関する問題、名誉棄損、契約違反、などの事件を主に担当しております。 - コーポレート
企業の顧問弁護士として様々なサービスを提供しております。 - 労働・人事
労働法アドバイス
労働争訟
(事例:不当解雇などの労働問題や、残業代などの回収等。) - 情報法
個人情報・プライバシー
(事例:ネットでの誹謗中傷など、個人情報について。自分の写真を他人・企業に無断使用されたなど。) - ウェルスマネジメント
遺言書作成
委任状作成
署名証明
(事例:遺言の相談、相続問題について。)
※上記以外もあるので、詳しくはこちらからお問い合わせしてみてください。
近年は、未払い金の回収やリノベーションの質に問題があるため建設会社を訴えたいなど、建設関係や物件に関する依頼が多いですね。
また、留学関係の相談もあります。日本在住時に留学エージェントで紹介された学校プログラム内容と、カナダに来た時の体験が大きく異なっていて、苦情を学校に伝えたら退学にされた or 口封じをされたという案件もあります。
私は10歳頃まで大阪で暮らしていましたし、アシスタントの Yoshimi も Misato も日本人なので、「カナダ留学に来たばかりで英語が苦手だから・・・」という方も安心してご相談してください。
Q8. 逆にライアンさんの専門外の分野はありますか?
家族法(離婚問題)や刑事問題、移民関係などですね。
移民関係で私が担当できる事例をあげるとすれば、カナダで移民をする過程で違法なものがあったり、関税でお金を没収された際などの特殊な案件であれば受けられますが、最初はそれぞれの専門家へ相談いただくのが良いかと思います。
Q9. 過去にライアンさんが受け持った事例をいくつか教えてください。
(楠原ライアンさんとパラリーガル・アシスタントの Deion さん)
Public Recordの事例の中から、私が以前受け持ったものを紹介します。
Najman v Chinner, 2021 BCSC 1377 (CanLII)
原告が交通事故により負った身体障害、めまいや集中力の低下に加え、精神的損害に対しての慰謝料を求めたケースです。私は原告人弁護士として、原告の集中力の低下は今後原告の職務に影響を及ぼすと主張し、裁判所は全面的に原告の主張を受け入れました。
結果、損害賠償 $ 517,629.75 が命じられました。
Mao v. Maco Construction Ltd. and Miller 2021 BCPC
原告からスイミングプール修繕に関して契約違反があったとして、建設会社へ損害賠償を請求。私は被告弁護士として、現場で働いていた建設会社の下請業者に建設の問題・責任があったと裁判で主張しました。
結果、裁判所は損害賠償の8割は下請け業者の負担とし、私が担当した建設会社の負担は損害賠償の2割のみとなりました。
【LifeVancouver読者限定】初回相談30分が期間限定で無料に
通常ライアンさんへの相談は有料なのですが、この度LifeVancouver読者の皆さんだけに、初回相談30分を無料にしてもらうことができました!
期間は今のところ決められていないのですが、予告無しで終了する可能性も十分あるので、相談したいことがある方は記事最後のフォームから早めにお問い合わせしてみてください。
以下、お問い合わせ後~初回相談までの間で知っておきたいことです。
- 最初はアシスタントの方へ相談したい内容を簡単に説明する
- 個人を証明できるもの(運転免許証等)、連絡先情報を伝える
- 訴えたい相手の名前(例:会社名 / 人物名)を伝える
- 初回相談の前に関連書類を送っておくと、ライアンさんが事前に内容を確認するので、相談内容の質が高くなる
まとめ:ノーフォルト制度を知らない人が周りにいたら、ぜひ教えてあげてください
いかがだったでしょうか。
交通事故というのは安全に気を付けていても、誰にでも起きる可能性があります。そのため、事故が起きる前にノーフォルト制度について知っておくことは大切ですよね。
カナダBC州で暮らす皆さんの周りでも、ノーフォルト制度について知らない方がいたら、ぜひこの記事をシェアしてあげてください。
(過去記事)日本語で相談できるカナダ・バンクーバーの弁護士、楠原ライアンさんQ&A9つ
最後になりますが、ライアンさんは2019年6月からサレー市にある弁護士事務所 Panorama Legal LLP に所属しています。
2023年4月には、アソシエイトからパートナーになり、現在は Panorama Legal LLP の共同経営者の一人となっています。(※弁護士事務所は基本的に共同経営で、経営者のことをパートナーといいます)
弁護士として5年ほどの経験でパートナーになるのはかなり稀だと聞くので、それだけライアンさんの弁護士としての力があることが伺えますよね。
皆さんも相談したいことがあれば、まずは以下のフォームからメッセージを送ってみてください。きっとライアンさんが力になってくれますよ。
楠原ライアンさんへのお問い合わせフォーム
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