日本では医師による死の援助は法律で認められておらず、議論が続く「尊厳死」ですが、カナダではすでに法制化されているのを皆さんご存知でしょうか?
正式名称は「Medical Assistance in Dying(MAID)」といい、2016年に合法化されました。2023年時点では、前年度からMAIDによる死亡者数は 15.8%増えているとのことですが、未だにカナダ在住でも尊厳死(MAID)のシステムや申請条件を知らないという方も多いかもしれません。
今回は、LifeVancouverスタッフが日本語認知症サポート協会主催によるオンライン講演「尊厳死入門~日本語で基本から学ぼう~」に先日参加してきたので、そのときに教えてもらった内容の一部を皆さんにシェアしたいと思います。尊厳死に興味のある方は、ぜひ確認してみてください。
目次
はじめに:セミナー「尊厳死入門~日本語で基本から学ぼう」について
2025年4月25日、日本語認知症サポート協会によるオンラインセミナー「尊厳死入門~日本語で基本から学ぼう」が行われました。
今回のセミナーは、DWDC(Dying With Dignity Canada)バンクーバー支部独立証人ボランティアであり、日本語認知症サポート協会のメンバーでもあるガーリック康子さんがスピーカーとなり、ゲスト・スピーカーにDWDC・バンクーバー支部長のAlex Muirさんを迎えて行われました。
「独立証人ボランティア」というと聞きなれない人も多いかと思いますが、MAIDを希望する患者が正式な申請をする際に必要となる書類(同意申請書など)に署名する「独立した証人」として関与するボランティアのことです。
DWDCは、1980年に草の根運動から発足した慈善団体。カナダの各支部の運営メンバーおよびボランティアが、カナダで尊厳死(MAID)を行いたい人の擁護、地域社会でのMAIDの周知活動を行っています。
以前も日本語認知症サポート協会による尊厳死(MAID)に関するセミナーは行われていましたが、今回からスライドが初めて日本語になり、日本人にとってより直感的に分かりやすく学べる内容となっていました。当日は、40人以上がセミナーに参加ということで、尊厳死(MAID)への関心の高さが伺えましたよ。
それでは、セミナーで学んだ内容の一部を以下お届けします。
尊厳死:Medical Assistance in Dying(MAID)とは?
Medical Assistance in Dying(MAID)は、「医師の支援による死」または「医療的支援を受けて死を選ぶこと」を意味し、重い病気や苦痛を抱える患者が、自らの意思で死を選び、その選択を医療従事者が支援する制度のことです。
本人の希望によって、致死薬を投与することができます。致死薬は実施者として医師または診療看護師が投与することになります。カナダでは、点滴または経口による投与の選択肢がありますが、点滴での投与を選ぶ方が大多数を占め、経口による投与はほとんど行われていません。
セミナーの中のお話によると、カナダでMAIDを選択する人の病気の種類としては、何かしらの癌(痛みが伴うもの)が一番多いとのことでした。
尊厳死(MAID)を申請できるのは誰?
誰でも尊厳死(MAID)を申請できるわけではありません。カナダでの対象者は以下の通りです。
- 公的健康保険に加入している人(BC州だとMSPのケアカードを持っている人であれば申請可能)
- 18歳以上の成人で意思決定能力のある人
- 重篤な不治の病を患っている人(回復の見込みがなかったり、耐え難い苦痛を抱えている等)
- 自発的にMAIDを希望している人
- 十分な説明を受けた上で、申請に同意する人
上記の通り、カナダではカナダに在住していないとMAIDの申請ができません。例えば日本に住んでいる家族がカナダで尊厳死を申請したいという場合は、不可能なので注意してください。
スピーカーの康子さんによると「誰かの圧力を受けることなく自発的に希望する」という部分が特に重要で、明らかに亡くなることを覚悟していることも必要です。自分が納得できる方法で痛みを和らげるものが無いという場合でも、MAIDを申請できるとのことでした。
Applying for – and being assessed for – MAID does not mean that a person must have MAID within a certain timeframe. Some people will go through the process and then decide to have MAID many months, or even years, later. A person can change their mind at any time.
— Dying With Dignity Canada (@DWDCanada) April 1, 2024
また、高齢化社会の中で「認知症が進んでも尊厳ある死を選びたい」と考える人が増えていますが、認知症のある人がMAIDを申請できるかどうかは「場合による」とのこと。
認知症の種類によって表情の出方も変わってくるので、頻繁に医師にあってMAIDの申請が可能かどうかを判断してもらう必要があったりと、MAIDの道は少し険しそうな印象を受けました。
(※カナダで認知症の人がMAIDを申請して承認されるケースは実際にあるものの、実際にMAIDを行ったかの具体的な数値のデータは無いとのこと)
Learn more in Dying With Dignity Canada's "Medical assistance in dying Assessment Guide." https://t.co/Tnn91xtxFu pic.twitter.com/m0PB8izgM9
— Dying With Dignity Canada (@DWDCanada) May 15, 2024
MAIDの申請をしたいという場合、最寄りの保険局のMAIDの手続きを手伝ってくれるチームに相談することが可能です。一般的に家族にMAIDを申請することを知らせる必要はありませんが、家族に自身の選択を知っておいて欲しいという方もいるようです。
カナダBC州での手続きの手順は?
カナダでは2016年にMAIDが合法化され、2021年には合理的に予見不可能な死も対象に拡大しています。バンクーバーなどカナダBC州在住者がMAIDを申請する場合、以下の流れになります。
2. 医師または診療看護師あわせて2名が申請要件に合うことを確認する
※先生同士、診療看護師同士は面識が無い(独立している)ことが条件
(医師なら誰でもMAIDの手続きを行っているわけでは無いので注意。まずは最寄りの保険局に尋ねるのが良い)
3. 待期期間
※流れ1: 自然死が合理的に予見可能な場合、待機期間無し
※流れ2: 自然死が合理的に予見可能でない場合、90日間の待機期間
4. 実際に薬物投与する直前まで、いつでもMAIDの実施を取り止めることができる
MAID申請書の記入の際に立ち会う証人になれるのは、医療従事者、有償の専門職員(ソーシャルワーカー、介護士、看護師など)、DWDCの独立証人ボランティアとなります。(バンクーバーのDWDCにもオンライン相談可能⇒)
「家族はダメなの?」と思う方もいるかもしれませんが、例えばその人が亡くなったときに遺産を相続する場合など、申請者と利害関係が発生する可能性があるため、NGとなります。また、無償の介護者(例:家族、親族、友人の介護をしている人)も立場上の金銭的・物的な利益を受ける可能性がある場合は証人にはなれません。証人は、申請者とは個人的な繋がりや血縁関係がないほど良いということです。
MAIDの事前申請とは、将来のある時点(たとえば自分が意思表示できなくなったとき)に備えて、あらかじめMAIDを希望する意思を文書で示しておくことを指します。
2025年5月時点で、カナダではケベック州のみ、MAIDの事前申請が可能となっています。刑法のMAID関連規定とその適用が検討されていて、今後他の州でも事前申請が可能になる可能性はあるとのことです。
1/2: Except in Quebec, there is no legal advance request opportunity in Canada today. This is the question we hear most often from our supporters, and we know that over 80% of people across the country support advance requests for MAID. pic.twitter.com/aKRD2OaqRs
— Dying With Dignity Canada (@DWDCanada) November 18, 2024
今もなお進化を続けるMAID。カナダで合法化に至った背景は?
世界中でMAIDへのアクセスは増加しています。
カナダの隣国アメリカは、州によって尊厳死(MAID)を合法化しているところとそうではないところがあります。カナダでは医療サービスの一つとしてMAIDが行われるため州の保険に加入していればお金は特にかかりませんが、アメリカでは自分の加入している保険で払う必要があるなど、国によって要件が違っていて、なかには未成年の場合でもMAIDを選べる国もあるようです。
元々カナダでMAIDが合法化に至った背景には「自分の死期を選択できないのは、おかしい。カナダの人権憲章に抵触するのではないか?」と訴訟が起きたのが始まりです。
最初に裁判を起こしたのがALS(筋萎縮性側索硬化症)を患っていたGloria Taylorさんで、自分の体が思うようにならなくなる前に自分の死期を決めて死にたいと思っていましたが、それは認められませんでした。
その後、同様の裁判が行われ、2016年6月にカナダで尊厳死(MAID)が合法化されました。
Learn more about your rights as a patient in Canada. Download Dying With Dignity Canada’s Patient Rights Guide at https://t.co/xRuxVhF2OU. pic.twitter.com/Lb6qHkiLvN
— Dying With Dignity Canada (@DWDCanada) July 25, 2024
今でもMAIDは進化を続けていて、「精神的に大人として認められる未成年をMAIDの対象にしてもよいのか?」「理解能力が無くなる前に同意しておけば、最終的にMAIDを行えるようにするのかどうか」「障がい者を対象に入れるべきかどうか」など専門家が検討している最中です。(※精神疾患のみを理由としたMAIDの適用については慎重な議論が続いていますが、現在は2027年3月17日まで適用が見送られています。)
人間誰しも最期のときがやってきますが、皆さんはどのように亡くなりたいですか?カナダでは既に合法化されているMAID、より詳しく知りたい方はDWDCのウェブサイトなどを参考にしてみてください。
連絡先: [email protected]
DWDC(Dying With Dignity Canada)
【公式サイト】
参考:カナダ政府
Fifth Annual Report on Medical Assistance in Dying in Canada, 2023
The Fifth Annual Report on Medical Assistance in Dying (MAID) in Canada has been released by @GovCanHealth, providing a summary of MAID requests, assessments and provisions for the 2023 calendar year.
Read all the results from the report. https://t.co/mynJMaDJsa pic.twitter.com/JQcIxGDr6m
— Dying With Dignity Canada (@DWDCanada) December 12, 2024